焼き鳥屋さんの大将と、人を感じるのがうまい人たちの話。

好きな食べ物がバラバラなように、同じ診断を受けていても、得意なこと・困っていることは人それぞれ。このブログに書かれていることは、発達障害者みんなが感じていることではない。私が思い、考えていること。たった一つの事例。

私と同じことで困っている人に、私のような人を理解したいと思う人に、届いたら嬉しいと私は思う。

最近、調子の悪い日が続いている。

調子が悪い日は、会社帰りに焼き鳥屋さんに寄って、レバーとハツとタンを2本ずつ買う。

駅前にある焼き鳥屋さんの大将は、「いかにも大将」って感じの人で、あまり話さず、どちらかというと少しキツめの対応をする人だ。

不思議なことに、大将は私にとても優しく接してくれる。いつもとは違う、ゆっくりとした柔らかなテンポで話しかけてくれる。

大将は私の名前も職業も知らないけれど、私のことをよく知っている。どうすれば私が落ち着いて買い物ができるかわかっていて、そう接してくれる。その優しさが心地よくて、だから調子が悪い日は、いつも焼き鳥屋さんに寄る。

一瞬で私を見抜く人たち

接客業で働く人の中には、50人に一人くらいの割合で、私のことを一瞬で見抜く人たちが存在している。

どう取り繕っても、彼らは私の本質を一瞬で見抜く。「反射」ともいえるスピードで、瞬間的に対応を変える。思考を介在しない、無意識下での反応。

思考がすべての私にとって、彼らの存在・行動は「奇跡」のように映る。

あの人達には、世界はどのように映っているのだろう。どのように人と触れ合っているのだろう。

私は自分の生きている世界を好んでいる。この美しい世界を絶対に失いたくないと思っている。違う誰かになりたいとは思わない。

でも。

あの「奇跡」を眺めていると、自在に人を感じることのできる世界を、一度でいいから覗いてみたいな、なんて思ったりもする。

さて、明日は何を書こうかな。