ASD女性が主人公の映画『500ページの夢の束(PLEASE STAND BY)』を観た当事者の感想

『500ページの夢の束(PLEASE STAND BY)』の感想(ネタバレほぼなし)

自閉症を抱える女性が主人公の映画『500ページの夢の束』を観に行ったので、そのお話。多少ネタバレ的な内容も含みます。(本記事では自閉症=ASD として表記しています)

好きな食べ物がバラバラなように、同じ診断を受けていても、得意なこと・困っていることは人それぞれ。このブログに書かれていることは、発達障害者みんなが感じていることではない。私が思い、考えていること。たった一つの事例。

私と同じことで困っている人に、私のような人を理解したいと思う人に、届いたら嬉しいと私は思う。

どんなお話?

主人公は『スター・トレック』が大好きな女の子、ウェンディ。自閉症の彼女は、日常生活に様々な困難抱えている。ある日『スター・トレック』の脚本コンテストの開催を知った彼女は、優勝を目指して脚本を書きはじめる。400ページを超える大作を完成させたウェンディだったが、郵送では締切に間に合わないことに気がつく。脚本を直接届けるため、愛犬のピートと一緒に、初めて外の世界に踏み出していく。

こんなひとにおすすめ

当事者の人
身近にASD児・者がいる人
ハイスペックなASD像にうんざりしている人

※全体的に明るい雰囲気ですが、観ていて辛く感じた箇所(ウェンディがパニックを起こしてしまう箇所など)もあったので、影響を受けやすい人は注意したほうがいいかもしれません。

この記事を書いている人

最近ASD、ADHDと診断された新米当事者。ASDの「女性」が主人公ってめずらしいよねぇ……ってことで観に行った。

基本情報

『500ページの夢の束』(原題:Please Stand By)
公開:2017年(日本公開は2018年9月7日)
上映時間:93分

視聴環境

2018年09月
新宿ピカデリー(THEATER10 H_12)
日本語字幕(桜井裕子)

新宿ピカデリーについて

室温

劇場内(シアター10 座席 H-12)はかなり冷えました。

私は体温調節がとても下手なので、今回は肌着+Tシャツ+長袖×2で挑みましたが、それでもかなり寒かったです。後方の席は天井の空調吹出し口が近く、冷たい風がダイレクトにきます。寒さ・風に弱い方は、十分な防寒着を持っていきましょう。新宿ピカデリーではひざ掛けの貸出はありません。

音量

映画館なので大音量です。私はノイズキャンセリングイヤホンを使用して鑑賞しました。不安な方は耳栓を持っていくといいかもしれません。

上映前の宣伝

他の映画館に比べて長いです。本編が短いからか、本当に長かった。上映時の注意系CMに至っては3本流れました。「もういいだろう、一体いつはじまるんだ……」と、本編上映前にかなり気力を奪われたので、苦手な方は時間ギリギリに入るのも手かもしれません。

センサリーフレンドリー上映

私のような「様々な苦手」を抱える人向けの、センサリーフレンドリー上映というものがあるそうです。場内照明明るめ、音量控えめ、立ち歩きOK、CM・予告編の上映なし……など。東京・大阪ともに9月25日。

詳しくは公式サイトを参照してください。

センサリーフレンドリー上映会決定!
http://500page-yume.com/info/archives/128

知っていたほうが良い知識

一部ネタバレ的な内容になりますが、鑑賞前に知っていたほうが理解が深まると思ったので書きました。少しでもネタバレを避けたい方はご注意を。

なぜ『スター・トレック』?

ウェンディが愛してやまない『スター・トレック』。本作では彼女が好きな作品が『スター・ウォーズ』ではなく『スター・トレック』であることに、大きな意味があるのです。

『スター・トレック』には「スポック」という名のキャラクターが登場します。彼は「感情を自制心で押さえ込み、論理的な思考を尊ぶバルカン人」「感情的な地球人」との間に生まれ、日々「感情」に手を焼いています。また、バルカン人、地球人、どちらのコミュニティでも、それぞれの特性が邪魔をして、いじめられたり、まわりから浮いてしまったりします。

ASDの人は、多数派とは異なる文化を持ち、論理的な思考を好み、「感情」をうまく処理できず、まわりから浮いてしまう自分自身を、この「スポック」に重ねるのです。

(この映画を知る前に、ASD者が『スター・トレック』のスポックにEmpathyを感じるという話は何度か目にしていたので、それなりに有名な話なのかもしれません。ASD者とスポックのより詳しい話は「スポック アスペルガー」「Mr Spock autism」なんかで検索してみてください)

Please Stand By

原題である「Please Stand By」という言葉、『スター・トレック』では「そのまま待機」と訳され、どうにもできない時、状況がわからない時に船員への指示として使われます。

そして、この「Please Stand By」は劇中、ウェンディのCalm down用の言葉として登場します。落ち着くため、自分自身をとりもどすための大切な言葉です。

ASDの特性を持つ人は「自分の身体・感情」をコントロールすることが苦手な傾向があります。頭では分かっていても、身体も感情も、いうことを聞いてくれないのです。

そのような困難さは、しばしば癇癪やパニックという症状として現れます。嵐に巻き込まれたような、独り海に沈んでいくような、どうにもならない辛い時間。その時、彼女を救ってくれる・支えてくれる言葉が「Please Stand By」。

未知の世界の只中で、多くのトラブルに見舞われても、じっと静かに耐える。次の動きに繋げられるように、冷静さを保ち、待つ。

彼女にとって「Please Stand By」は、待機を意味する言葉ではなく、次の一歩を踏み出すための言葉なのです。

クリンゴン語

『スター・トレック』に登場する「クリンゴン帝国」で使われる言葉。架空の言語ですが、しっかり作り込まれているので、クリンゴン語を知っている者同士、つまり『スター・トレック』オタク同士なら普通に会話ができます。クリンゴン語はネット上の講座や、言語学習アプリ「duolingo」で学ぶことができます。興味がある方はどうぞ。

この他にも、劇中には『スター・トレック』ネタがちょこちょこ出てきます。余裕がある方は何かしらの作品を観ておくと、本作をより楽しめるのではないでしょうか。

ちなみに私は『スター・トレック イントゥ・ダークネス』を鑑賞してから映画館に行きました。映画そのものも楽しかったですし、『スター・トレック』の大まかな世界観や、スポックという人物についての知識があることで、ウェンディの脚本が持つ意味を、より深く理解できたと思います。

感想

自分を守ってくれる「物語」、誰かとつながるための「物語」

設定が設定なので初っ端からウェンディに感情移入して鑑賞しました。パニックやら聴覚過敏やら彼女が辛そうなシーンは、観ている私も苦しくなりました。

度重なる困難に見舞われて、「いつもと同じ安心」はどこにもなくて。そんな状況の中、たった一人で一歩を踏み出すことは、どれだけ勇気が必要だっただろうなぁ、ウェンディがんばったなぁ……。めそめそ。

と、主に「ウェンディが大変そうなシーン」で心を動かされたのですが、それ以外にもグッときた箇所がありました。

それは、パニックになりそうな時に『スター・トレック』のことを考える場面。

頭の中にある、自分だけの楽しい場所、静かで安心できる場所。大好きなものは、自分にとって心の支えであり、逃げ場所にもなってくれます。

いつでも帰れる場所。ウェンディにとっての安全地帯は『スター・トレック』だったんだなぁ。大好きなものがあって、良かったね、って。「物語」の大切さを実感したのでした。

この他にも「物語」は本作で重要な役割を担っています。コミュニケーションが苦手なウェンディが、伝えるために書いた「物語」。その「物語」で彼女は何を伝えたかったのか。物語の中の「物語」にも注目してみてくださいね。

支援者のまなざし

この映画で一番印象的だったのは、ウェンディの家族、ソーシャルワーカー、友人、つまり支援者の人たちのシーンです。

自分が必死になっている時、辛い時、まわりはこんな気持ちなんだ、こうやって自分を支えてくれているんだ、こんな「まなざし」で私を見つめていてくれるんだ。そう思いながら、スクリーンを観ていました。

物事をバラバラに認識しがちな私にとって、自分と、自分を支えてくれている他者を同時に、客観的に認識するのはとても難しいことです。

けれど、この作品を観ることで、普段はバラバラの情報が、一連の出来事として理解できたのはとても良かったです。当事者の自己理解、自己を取り巻く環境の理解に役立つ作品だと思いました。

まとめ:好き?大好き!

この映画が面白いか?と聞かれたら、「まぁまぁ」と答えます。すみません、お世辞とか苦手なので。でも、好きか嫌いかって聞かれたら、「大好き!」って笑って答えます。

やりたいことがあって、挑戦して、でもすんなりいかなくて、失敗して、騙されて、一方で助けられて、心配されて、自分で一歩を踏み出して。すごく、人生っぽいなって思いました。

地味で普通で、なんてことない生活。いや、どっちかっていうと苦労ばかりの生活。めんどくさくて、泥臭くて。でも、生きていかなきゃならない。だって毎日は勝手にやってくるものだから。

障害があっても無くても、人生そんなもんですよね。

そういう「人生そんなものだよね」っていう、ちょっとした諦めと、「でも、そんな人生も悪くないかも」っていう、ちょっとした明るさ。その2つがバランスよく優しく描かれているので、私はこの映画が大好きです。

この映画は、ちょっと地味です。たぶん、想像通りの結末です。ASDの女性が主人公なので、当事者と支援者の相互理解に役立つと思います。それから、ちょっと優しくて、ちょっと前に進む映画なので、普通の人でも「私も、ちょっとだけ頑張ってみようかな」そんな気持ちになれると思います。

だからもし、よかったらなんですけど、この映画を観てもらえたら嬉しいなと思います。私の大好きな映画なので。

さて、明日は何を書こうかな。