今回の作品で “使われた人たち” は、みな文章を書いた人たちだ。経験や感情をなんとか言葉にして “残したい” と思った人たちだ。
その “使われた人たち” の中に「ありがとう」と言っている人がいない。それがすべてだと思う。
この記事を書く前に読んだもの
・「美しい顔」北条裕子
http://book-sp.kodansha.co.jp/pdf/20180704_utsukushiikao.pdf
・講談社 北条裕子 受賞のことば
http://gunzo.kodansha.co.jp/3763/52149.html
・講談社 群像新人文学賞「美しい顔」関連報道について
及び当該作品全文無料公開のお知らせ
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/180703_gunzo.pdf
・講談社 「美しい顔」に関する経緯のご説明
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/180706_Gunzo.pdf
・講談社 群像新人文学賞「美しい顔」作者・北条裕子氏のコメント
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/20180709_gunzo_comment.pdf
・新潮社「群像」8月号、『美しい顔』に関する告知文掲載に関して
http://www.shinchosha.co.jp/news/article/1317/
・新曜社 東北学院大学 金菱 清 「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント
http://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-3546.html
・外部報道 芥川賞候補作「美しい顔」、ノンフィクションとの類似表現が独自検証で10か所超 それでも“著作権侵害”を問うのが難しい理由
https://www.huffingtonpost.jp/abematimes/nonfiction-20180704_a_23474185/
・外部報道 盗用疑惑の芥川賞候補「美しい顔」の問題とは?「言葉を奪われた」被災者手記編者の思い
https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/07/kiyoshi-kanebishi_a_23476700/
・外部報道 第61回 群像新人文学賞・新人評論賞 贈呈式開催
https://dokushojin.com/article.html?i=3377
はじめに
私の情報や考え
・東京出身、在住 北条氏と同学年の女性
・現地への取材が必須だとは思っていない
・表現やプロットが似てしまうのも問題ではない
・しかし表現をそのまま持ってくるのは「物書き」としていかがなものか
・あれだけ「参考」にしておきながら、受賞時に一切触れないのもいかがなものか
・問題発覚後の講談社側の対応(特に7/3のプレスリリース)は理解ができない
・芥川賞はとらないでほしい
「美しい顔」を読んだのは、双方の言い分を一通り読んだ後。一連の問題に対する意見は、冒頭に述べたとおり。否定的。
この記事では、もうすこし小さな視点、北条裕子氏を中心に私の考えを述べたいと思う。
感じられなかったもの
「美しい顔」を読んで「あの日である必要性」を私は感じることができなかった。被災者・被災地への想いを感じとることができなかった。
さらに言えば、「美しい顔」という作品そのものに対する愛も感じることができなかった。
申し訳ないけれど「美しい顔」はとても雑な作品だと思う。粗いというより、雑。ちょっと想像力を使えばこうはならないだろう、という表現が多い。
群像新人文学賞贈呈式にて、北条氏が表現することに対して「排泄物」という言葉を使っていたが、まさにそのとおりの作品だと感じた。
感じとれたもの
北条氏には「書きたいこと」があった。世界を切り取り、ばらまく人たちへの怒りや、そういった人たちを求めてしまう自分自身への憎しみのようなもの。
実際に北条氏が書きたかったものかどうかはわからないけれど、私はそういった感情を「美しい顔」から感じることができた。
書きたいことがあって、誰かに読んでほしくて、その為には強い言葉が必要で、だから「あの日」を使って「美しい顔」を書いたように感じた。
でも「あの日」である必要性は感じられなかった。ただ強ければ何でも良かった。だから、みんな怒っているのではないか。
読んだ人がみな「あの日」である必要性を感じられたのなら、ここまでの事態になっていなかったのではと思う。
北条氏はどこに生きていたのか
これは「美しい顔」というより、「受賞のことば」を読んで感じたこと。
・講談社 北条裕子 受賞のことば
http://gunzo.kodansha.co.jp/3763/52149.html
2011年3月11日、私は東京で働き、東京に住んでいた。
私は自分のことを被災者だと思っている。東北の人たちに比べれば被害も苦労も小さいけれど、壊れてしまったもの、失ったものもは確かにあった。震災はテレビの向こう側のできごとではなかったし、布をかぶっている暇なんてなかった。
けれど、北条氏のことばからは「あの日」の空気を感じることができない。同じ時、同じ場所にいたはずなのに。彼女はどこに生きていたんだろう。ちゃんと「この世」に生きているって実感できていたのだろうか。
一歩外に出ればそこに「あの日」はあったのに、彼女はずっと下宿の一室にいた。テレビの前(もしかしたらテレビの中)でしか「あの日」を生きられなかったから「美しい顔」が書けたんだと思った。
やっぱり「美しい顔」は「あの日」である必要性があったのかもしれない。本人は気がついていない気がするけど。
「物書き」としての北条氏に必要なもの
「美しい顔」を読むかぎり、北条氏は日常的に文章を読んだり書いたりする人ではなさそうだ。ある日、北条氏は「書く」ことで自分が救われることを知った。だから「美しい顔」を書いた。書かずにはいられなかった。
今の彼女にとって言葉は「書く」ものでしかないように思える。自分が救われるために「書く」もの。
でも違う。言葉は「読む」ためのものでもある。自分が救われるために「読む」もの。
他者の言葉に人生を救われたことのある人は、あんなふうに敬意なく言葉を切り貼りしない。というか、できない。うっかりやってしまったとしても、そこには「その言葉が好き」とか「その言葉が必要」という必死さが見え隠れする。でも「美しい顔」にはそれがない。
たぶん彼女はまだ知らない。この世には自分を救ってくれる言葉があることを。
いつのまにか身体に染み込んで、ふとした瞬間に口にしてしまうような言葉、そのフレーズさえあれば生きていけるような言葉。そういう言葉が彼女には必要だ。
書くことで北条氏自身が救われたのならば、誰がなんと言おうと「美しい顔」は書かれるだけの価値がある作品だ。残すべき価値はまた別の話。文学とはそういうものだ、と私は思っている。
北条氏はせっかく外に出て「書く」という表現方法をみつけたのだから、この先も書き続けてほしいと思うし、できればたくさんの言葉に触れ、自身にとっての救いの言葉に出会ってほしい。
「書くことによる救い」「読むことによる救い」そのふたつを知った時、やっと「物書き」としての北条裕子がはじまるのではないかな、と思った。
さて、明日は何を書こうかな。